第一章   「太陽学園」ロケ地を訪ねて山梨県上野原へ・・・序文に替えて



JR新宿より中央線で1時間あまり。電車は上野原駅に到着した。ホームは1面だけである。木次が恋する女性を見送り、あるいは、江川教頭が娘を探していたあのホームである。南側は川が流れているのであろう。この駅は河岸段丘の上にある。
ホーム上の改札を出て階段をのぼる。中尾がチンピラに暴行を受けた階段だ。通路を左側に進む。駅の外に出ると若干のスペースがあるが、すぐ眼前は小さながけとなっている。そのがけの左方の階段をのぼるとすぐに交通量の多い道に出る。左に進むと、交通量の多い理由がわかった。ここは中央自動車道の上野原インターチェンジなのだ。さらに道を進むと15分ほどで国道20号線にぶつかる。ここを左に折れ、3本目の道を右折する。
 

 
「太陽学園」の場所
「太陽学園」の場所
するとすぐに30年以上前から何度もみたあの青春ドラマの中で時々出てくる、体育館が見える。今日は1999年5月某日。私はかつて少年時代になんども見た名作テレビドラマ「飛び出せ青春」のメインロケ地にやってきたのだ。地方に住む自分がなぜ、40近くにもなって、たった1人でこのような場所に来たのかは後述するとして、とにかく私は「太陽学園」にやってきたのだ。
坂道をのぼっていくと、ものの1~2分で、かの、チョコレート色の円形校舎が見えてきた。「太陽学園」の象徴的な建物である。テレビで何度も見たものとほとんどかわらない。門を前にしばし、たたずみ、感慨にふけった。目を左にやると、これも、テレビでよく見た校舎が2棟建っている。それらにはさまれるようにして、これまたオープニングでお馴染みのグラウンドがある。西南隅の赤と茶色の三角屋根の木造校舎(?)だけは今は現存しない。土曜日ということで、ひとっこひとりいない。
しかし、正門左横の自転車置き場らしき、トタン屋根はおそらく30年前と同じものであろう。いったん、正門を出て池の横の道を西に進みさらに北に折れる。ここからは敷地全体が見渡せる。北端にあるはずのプールは確認できなかったが、まあ満足だ。
踵を返してもとに戻ろうとすると、ああ、あの建物、「学生寮」がほぼそのままの形であるではないか。今は福祉施設になっているらしい。池をまわる。この池は、寮母のウメさんが自殺した女の幽霊が出るというふうに吹聴した池である。
     
「太陽学園」ロケ地日大明誠高校正面(1999年5月撮影)
ともあれ、私はこうして「太陽学園」・・・実際は日大明誠高校(元プロ野球の木田やタレントの坂本ちゃんの出身校)にはじめて、“会った”のである。なお、「太陽学園」の実際のロケはこの日大明誠高校以外に少なくとも3箇所はあると思われる。ロケ地についてはこのあと適宜、紹介する。
昭和47年から48年にかけて、全国放映されたテレビドラマ「飛び出せ青春」。日曜日の夜のゴールデンタイムに放映され、同時間帯に放送されたNHKの大河ドラマと視聴率面でも遜色のないほどの人気番組であった。主演の村野武範はこのドラマで一躍、トップスターの座にのぼりつめたし、レギュラー出演者には、酒井和歌子、有島一郎、佐藤慶、柳生博、菅井きん、石橋正次、剛達人、保積ぺぺ、頭師佳孝、森川章玄、青木英美、大田黒久美、など豪華メンバーを配していた。さらに、準レギュラーあるいはゲスト出演者として、水谷豊、火野正平、地井武男、寺田農、村井国夫、名古屋章、三崎千恵子、塩沢とき、下川辰平、竜雷太、犬塚弘、藤木悠、沢村貞子、加藤武、千石規子、佐々木すみえなどこれまた豪華なこと極まりない。
 番組の主題歌「太陽がくれた季節」は音楽の教科書にも採用されるなど、音楽面でもすばらしい功績を残した。ドラマの中でも、五木ひろしや小柳ルミ子、南沙織、天地真理などのヒット曲が使用されており、当時の芸能界の爛熟ぶりを物語っている。
物語は「太陽学園」という高校を舞台に、熱血教師と、生徒たちの熱き触れ合いを涙、感動、笑いのペーソスで包み込みながら実に見事に進んでいく。 それまでにも「青春とはなんだ」「これが青春だ」などの青春ドラマもあり、また「飛び出せ青春」のあとにも「われら青春」「金八先生」「夕陽丘の総理大臣」などすぐれた学園ドラマは数多くある。
 当時の主な視聴者層は高校生や中学生であったが、その世代が35年以上という時間が経過して40・50代になった今、現実の生活・社会にもまれにもまれ、疲れきってしまい、もはや「希望」や「夢」「愛」といったものを何か遠いものとして「諦め」てしまってはいないだろうか。
 本HPでは何も、このような「希望」「夢」「愛」について述べているのではない。 本HPを閲覧されご興味を持たれたら、まずは「飛び出せ青春」のビデオを見て欲しい。今はビデオも発売されているし、場所によってはレンタルもされている。テレビでの放送がなくても、ビデオはインターネットなどですぐに購入できる。
「疲れきった40・50代の男女・・・もしくはなんら疲れてはいないが、平和で平凡な家庭に満足し、スリルのない時間を漫然と過ごされている1950年、1960年世代の方々に、まず、かの「飛び出せ青春」というドラマをビデオ等であらためて見てもらい、もう一度あらためて青春というものを考え、生き生きと人生を生きていただきたい・・・というのが本HPを書こうと思っきっかけである。。
「太陽学園」の「寮」(1999年5月撮影
「太陽学園」の「寮」(1999年5月撮影)
 いくつかのロケ地の情報も記述しているが、それは、実際に機会があれば読者の方々に訪れてみて欲しいという気持ちの現れである。人気ドラマのロケ地を一人で訪れると、なんとなく力が沸き、がんばろうという気になるものである。おそらく、自分が社会から孤立しているという疎外感を軽減し、私もこの世の中の一員なんだという一体感を持つのではないだろうか(感動のあのシーンが撮影された場所に今自分がいる。この場所であの俳優たちが実際に演技をしていたのだ。私も今そこにいる・・・という感じ)
 主演の村野さんも今もTV・劇などでますますご活躍中。「好きなことを思い切りやる」等、幸之助翁と同じようなことをおっしゃっておられる。年齢を弁解のネタに使ってはいけない。
長かろうが短かろうがいつかは死ぬ運命にあるのが、この世に生を受けたものの宿命。人生なんて宇宙の歴史からすればほんの一瞬のまばたきのようなもの。織田信長のことばとして語られているが「人間50年。下天のうちをくらぶれば夢幻のごとくなり」どうせ夢を見るなら、自分のおかれている環境の中で精一杯いい夢を見たいものだ。孫の世話しながら、草木をいじるのもいい。しかし、なにか、もっとおもしろいことができないか。年齢のせいにせず、なんでもいいから今新たに50代40代なりの目標を設定し、敢然と挑戦されたい。結果のよしあしは関係ない。プロセスが大事ではないだろうか。劇をするのもよい、今から歌手を目指すのも良い、サッカーのようなスポーツをするのもよい。恋でもいいと思う。
松下幸之助いわく「青春とは心のありようである」つまり、年齢など関係ない。物理的な年齢は高くて、なんらかの目標を持って、いきいきとしている熟年世代も大勢いらっしゃる。今こそこえたからかに叫びたい。Let‘s Begin !50代40代の皆さん、とにかくなにかをはじめよう!


戻る